多重極限物質系 of ltlab

多重極限物性

強相関電子物性

強相関電子物性や巨大振幅原子振動に起因した新奇電子相の研究

 希土類やアクチナイドを含むf電子系化合物における強相関電子物性や,巨大振幅原子振動(ラットリング)に起因した新奇電子相について,多重極限条件下で実験を行う。弾性率・超音波吸収係数の精密測定を主として,熱膨張率・磁歪,比熱,磁化・磁化率,電気抵抗率,誘電率等の測定方法も用いて研究を行っている。

超音波実験について

JP_図1.jpg 超音波実験(弾性率,超音波吸収係数)は,強相関電子物性やラットリングに起因した新奇電子相を調べる有力なツールになっている。超音波実験では,試料中を超音波が伝播する時の音速から弾性率が求められ,その損失から超音波吸収が求められる。弾性率について簡単に説明する。弾性率は応力に対する歪みの変化率であり,フックの法則におけるバネ係数に相当する。相転移等が無ければ,一般に温度を下げると弾性率は増大する(硬くなる)。弾性率測定に用いる位相比較型パルスエコー法の模式図を図1に示す。物質中の音速の相対変化を,周波数の相対変化として測定する実験手法である。試料中を伝播した超音波エコー信号の例を図2に示す。
 周波数は高精度で測定することが可能な物理量である。当研究室では,フィードバックシステムを従来のアナログ方式からデジタル方式に改良し,更なる精度向上(~10-7)を達成している。JP_図2.jpgまた最近,岩手大院工・吉澤研究室と共同で位相直交型超音波装置ORPHEUS(Orthogonal Phase-detection Experimental method for Ultra Sound)を開発した。
 一方,超音波吸収係数の測定からは,緩和時間などの物質の動的性質も探ることが出来る。ここで,音波には縦波と横波があり,結晶は対称性をもっている。どの軸方向にどちらの波を入射するかの組み合わせによって,様々な弾性モードが存在する。モードによる弾性異常の違いから,秩序変数の対称性について知見を得ることも出来る。

研究対象と最近の成果

1. 強相関電子物性
JP_図3.jpg まずは,希土類やアクチナイドを含むf電子系化合物における強相関電子物性の研究を紹介する。f電子系化合物においては,f電子が局在的か遍歴的かによって,その物性は大きく異なる。高い結晶対称性をもつ物質中の局在f電子は,電荷とスピンの自由度に加えて,軌道の自由度に起因した多極子(電気四極子,磁気八極子等)もその物性に大きな役割を果たす。このうち,電気四極子は超音波による歪みと同じ2階テンソル量であり,歪みと線形に結合する。磁化率がスピン(磁気双極子)の感受率であるのと同様に,弾性率は電気四極子の感受率になっている(図3)。当研究室では,4f電子系PrIr2Zn20,PrRh2Zn20,TbB4や,5f電子系UCu2Sn等の研究を行っている。
 最近の成果を以下に紹介する。プラセオジム化合物PrTr2Zn20 (Tr=Ir, Rh)は,それぞれ0.05 Kと0.06 Kで超伝導転移を示す。超伝導転移とは別に,それぞれTQ = 0.11 Kと0.06 Kで相転移を示すことが報告されており,結晶場基底状態の非磁性二重項に起因した相転移と考えられていた。我々は,PrTr2Zn20におけるTQでの相転移の起源を明らかにするために超音波実験を行った。非磁性二重項のもつ電気四極子による相転移の場合,対応する横波弾性率(C11-C12)/2で弾性ソフト化が期待される。
JP_図4.jpg 図4に,PrIr2Zn20の横波弾性率(C11-C12)/2の温度依存性を示す。(C11-C12)/2は降温と共に単調に増加し,7 K付近から四極子相互作用による弾性ソフト化を示した。図4の挿入図に示すように,このソフト化はTQで停止し,TQ以下ではハード化に転じる。これは,TQで四極子の自由度が消失したことを示し,相転移が四極子に起因していることがわかった。歪み-四極子相互作用と四極子間相互作用を考慮した歪み応答関数による解析の結果を,図4の実線で示す。データをよく再現しており,得られた四極子間結合定数は負値で,反強四極子(AFQ)秩序を示す。また,磁場中での超音波実験から得られた磁場-温度相図では,磁場印可によってTQは増加していき,更に磁場をかけると減少に転じる。このAFQ秩序に特徴的なTQのリエントラントなふるまいもAFQ秩序を支持している。以上の結果から,PrIr2Zn20のTQでの相転移がAFQ秩序であることを実験的に解明した。PrRh2Zn20でも同様にTQでのAFQ秩序を明らかにした。
 一方,TN1 = 42.1 KとTN2 = 21.7 Kで逐次相転移を示すTbB4では,TN1の相転移は磁気秩序によるものと報告されていたが,TN2の相転移の起源は明らかになっていなかった。我々が弾性率を測定した結果,電気四極子O22に対応した弾性率(C11-C12)/2において,TN2付近で45 %にも達する巨大な弾性ソフト化がみられた。この弾性率が有限温度で発散するふるまいは,相転移が四極子に起因することを強く示唆する。また,歪み応答関数による解析の結果,四極子間結合定数が正値であることから,TbB4におけるTN2の相転移は強的な四極子秩序であることを明らかにした。

2. ラットリング
JP_図5.jpg 次に,ラットリングに関する研究を紹介する。近年,ゲスト原子がカゴ状のネットワークを有した他の原子に囲まれた構造をもつ物質群が注目を集めている(図5)。カゴの内側のゲスト原子は,強い電子-格子相互作用によってラットリングと呼ばれる巨大振幅振動状態にあるものがある。ラットリングによって熱伝導率の低下がみられる為,良い熱電性能を示す熱電材料への応用の面で注目されている。また,基礎研究の面でも新奇超伝導や金属-絶縁相転移等へのラットリングの寄与が示唆されており,電荷,磁性や軌道の自由度に加え,ラットリングの自由度も絡み合った物性が注目を集めている。当研究室では,充填スクッテルダイトRFe4Sb12(R:希土類)や,クラスレートA8Ga16C30(A=Ba, Sr, Eu; C=Ge, Sn)等のカゴ状物質を研究している。
JP_図6.jpg 最近の成果を以下に紹介する。ラットリングが報告されている物質の超音波実験では,ラットリングに起因した弾性率や超音波吸収係数の測定周波数依存性(超音波分散)や,低温での弾性ソフト化が特徴としてみられる(図6)。これまでは特定のモードでのみ上記の弾性異常がみられていたが,我々は充填スクッテルダイトLaFe4Sb12の超音波実験によって世界で初めてモード依存性のない超音波分散を明らかにした。超音波分散の起源について,服部・三宅の理論を参考にしながら,超音波実験の結果とバンド計算の結果から半定量的に電子-格子結合定数を求めた。その結果,超音波分散は,伝導電子と強く結合したゲスト原子振動による低エネルギー光学フォノンと,音響フォノンとの相互作用に起因することを明らかにした。さらに,モード依存性のない超音波分散,モード依存する超音波分散,超音波分散がない同系物質の違いは,遷移金属のd電子と光学フォノンとの電子-格子相互作用の結合定数の大きさで決定されることを明らかにした。
JP_図7.jpg 一方,カゴ状物質であるI型クラスレートBa8Ga16Sn30のゲスト原子のサイトは,カゴ中心ではなく,オフセンターの4サイトであることが報告されている。ここで,ゲスト原子のオフセンターは,一部のI型クラスレートでしか報告されていない。我々がI型クラスレートについて網羅的に超音波実験を行った結果,ゲスト原子がオフセンターの物質において,弾性率C44で共通して低温での弾性ソフト化を見出した(図7)。我々は,このソフト化がゲスト原子のオフセンターに起因することを明らかにし,その起源はオフセンターに起因した格子不安定性であることを解明した。

 この他に,f電子をもつ希土類化合物RT2Al10(R:希土類,T=Fe, Ru, Os)やYbMGe(M=Ir, Pt, Rh, Pd, Ge)における磁性,四極子相互作用,重い電子状態の研究や,良い熱電材料として期待されているテトラヘドライトCu12-xTMxSb4S13(TM=Mn, Fe, Co, Ni, Zn)におけるラットリングの研究も行っている。また,キラル磁性物質のグリーンニードルやRNi3Ga9等のキラル磁性の研究も行っている。

持続可能(サステナブル)な社会形成に向けて

 カゴ状物質は,ラットリングによって熱伝導率の低下がみられる為,良い熱電性能を示す熱電材料への応用が期待されている。熱電性能が向上すれば,日常生活で必ず発生する廃熱を効率よく電気に変換でき,社会全体の必要電力を削減できる。また,カゴ状物質においてはラットリングが絡んだ,これまでに例をみない新奇の超伝導が報告されている。超伝導は電気抵抗がゼロであることから,カゴ状物質における新奇超伝導の研究から超伝導の技術応用に貢献できれば,余剰電力を蓄電することができ,発電した電力を有効活用することが出来る。以上のように,ラットリングの研究は今後,循環型持続的社会基盤の形成に重要な役割を果たすと考えられる。

マルチフェロイックス

同時に複数の秩序を持つ新規物質の探索

研究概要

 我々はマルチフェロイックスグループは、鈴木孝至教授のもと、マルチフェロイクスと呼ばれる物質を研究しています。行う実験の方法は

・試料育成
・X線構造解析
・比熱測定
・誘電率測定
・磁化測定
・弾性率測定

など、マルチフェロイックスの特性上多岐にわたっています。

マルチフェロイクスとは

 .それでは、マルチフェロイクスとはどの様なものなのでしょうか?
「マルチフェロイクス」という言葉は耳慣れないものであると思います。英語では「multifferoics」、つまり多数の(multi-)強的秩序(ffero-)を持つ物質、ということです。これまで研究が多くされてきたマルチフェロイックスは、強磁性と強誘電性の2つの強秩序を持つものでした。
図1.jpgマルチフェロイクスの摸式図
 しかし我々は、新奇のマルチフェロイクス系、すなわち強誘電性、強磁性、強弾性の3つの強的秩序を併せ持つ物質を探索しています。

図2.jpg
 上の写真は、私たちが目指す新奇マルチフェロイックス系の候補となり得る物質の単結晶です。純良で大きな単結晶の育成法も開発しました。これら物質群に対し、上で述べた実験をあまねく行っています。
 マルチフェロイックス系の魅力は何でしょうか。それは「交差相関」というものです。例えば強誘電体の試料の電気分極を操作したいとき、あなたならどうしますか?普通、試料に電場を加えますよね。これは一般的な電場と分極の相関です。しかし、強誘電性と強磁性を併せ持つ物質においては、磁場をかけることによって分極の操作が可能なのです。更に強弾性を持つ物質が開発されたらどうでしょうか。強弾性とは自発的に歪んでいる状態ですから、応力によって結晶全体の歪みをスイッチすることが出来ます。電場や磁場によって物質の構造を制御したり、応力によってスピンや分極を制御することも可能になります。とても魅力的ですね。
 このような物質群が実用化されれば、全く新奇のアクティブデバイスなどへの応用が考えられます。わかりやすい例として、磁気メモリーを電気信号で操作することにより高速化、小型化、省電力化が著しいデバイスなど、様々なブレイクスルーを引き起こすことでしょう。


 皆さんも私たちと共に新奇の物性を開拓してみませんか?




酸化物

酸化物における新奇量子現象の研究

 酸化物における新奇量子現象の発現機構解明に向けて、圧力・電場・温度・磁場を制御することで伝導特性や磁化特性における次元性、超伝導と結晶格子の動的な関連などについて調べている。
 近年では、モット絶縁体Ca2RuO4に静水圧や静電場を加えて、新奇現象の探索を行っている。10GPaまでの圧力下における基底状態を調べたところ、加圧に従い反強磁性・強磁性・超伝導とドラスティックに変化することが明らかになった。また静電場を加えたところ、わずかな電場で絶縁体ー金属転移を引き起こすことが明らかになった。これらの現象の応用としては、次世代スイッチングデバイスなどが期待されており、基礎・応用の両面に注目している。

圧力のメリット

 我々が注目している酸化物はd電子系の強相関電子系という物質群に分類されており、不純物にとても敏感であることが知られている。そのため測定には精密なパラメーター制御が必要とされる。実際の測定には様々な外場を用いて行われているが、特に圧力が有効な手段である。圧力による制御は試料の不均一性やみだれの影響を引き起こすことなくコントロールが可能であることから、量子現象の探索に大きな力を発揮する。
 本研究室は様々な測定環境に対応した圧力装置を有している。多元環境下における物理量が測定できる圧力発生装置から、最高10GPaまで発生できる装置まで、幅広い測定が可能である。
 図1は左がクランプシリンダー型セルでは最高級の2GPa超の発生圧力を持ち、精密な磁化測定が可能なNiCrAl製の圧力セルである。中央は低温まで一定の荷重を加えられ~最高10GPaまで加えられるキュービックアンビル型圧力装置であり、右がアンビルにダイアモンドを用いることで超高圧を発生させることができるダイアモンドアンビル型圧力セルである。
図1圧力セル.jpg

Ru酸化物における新奇量子現象

 d電子系であるRu酸化物系は特にみだれに敏感であることから、この系の測定には圧力制御が大変役に立つ。我々はd電子系のなかでも層状ぺロブスカイト構造を持つCa2RuO4(CRO)に注目した。圧力を加えることでCROの結晶構造に生じた歪みが解消し、新奇量子現象が出現すると期待されたからである。 実際に実験を行ったところ、圧力を加えることで多彩な量子現象を示すことが明らかとなった。(図2参照)

p-phase.jpg図2.圧力相図 F.Nakamura,JPSJ76 (2006)

 CROに圧力を加えると、~0.5GPaで基底状態が反強磁性のモット絶縁体から強磁性の金属に転じる。この転移点近傍における電気伝導率を調べると、ゼロ磁場での伝導率はab面の擬二次元金属として振る舞う一方、磁場中で伝導率を測定したところ異方的巨大磁気抵抗が観測された。このことは転移点近傍で絶縁相と金属相が共存することから理解される。
 圧力下の金属状態は約1GPaで完全に金属化した後増強されるが、~6.5GPaを境に今度は圧力によって抑圧される。また精密な磁化測定を磁化測定を行い、キュリー温度、有効ボーア磁子、残留磁化を求めて解析した結果、この金属状態における強磁性秩序は弱い遍歴性の強磁性であることが確かめられた。
抑圧された強磁性秩序はその後、さらなる加圧により~8GPa付近で消失(量子臨界点)し、その近傍では極低温下において新奇超伝導が出現することも確かめられている。
 このように単一物質で反強磁性・強磁性・超伝導と基底状態がドラスティックに変化する物質はCROを除いて他に例がなく、大変ユニークである。固体物理の主要なテーマをいくつも含んでいることから、この物質の解明は強磁性や超伝導の統一的理解には欠くことができないものと考えられる。

電場を用いた研究

 近年、CROに静電場を加えることで絶縁体-金属転移が誘起され、絶縁破壊が起こることを発見した。CROの研究に関しては静水圧、静磁場による探索が中心だったが、現在は静電場によってキャリア数を制御することで、さらなる新奇現象の探索を試みている。
 電場は圧力や磁場同様、系の秩序を乱すことなく物性に大きく作用でき、精密に電子状態を制御することができる外場である。しかし、銅酸化物等のモット絶縁体でこれまでに報告されていた電場制御の場合、非常に大きな電場が必要であり、さらに低温でのみ起こるため、制御が困難であった。
 一方、CROの場合、常温で電場を加えることでわずか乾電池1本ぐらいの低電圧で絶縁体ー金属転移が誘起され、制御が容易である。この転移は40V/cmで起こり、急激な金属化に伴い電流値が2桁も上昇し、体積が急激に膨張する。
 他の外場が結晶格子に作用するのに対し、電場はキャリアーそのものに作用する。そのため、相転移する過程が本質的に異なると考えられており、現在転移のメカニズムの詳細を詳しく調べている。

応用技術

 低い電場でモット転移を制御できれば、何桁もの急激な抵抗変化がわずかな電場で制御できるので、絶縁破壊やその輸送特性を応用すれば各種ダイオード、電界効果トランジスタ、Re-RAMへのなどが期待される。使用される電圧が小さいため省エネルギーデバイスとしての期待も高い。

異方的圧力効果による超伝導転移温度Tcの増強

 一方、圧力実験に関して、加圧で生じる圧力異方性を逆手にとった異方的圧力実験も行っている。
 低温・高圧下で物性測定を行うとき,加えた圧力の変動や静水圧性が常に問題になる。特に異方性の大きな単結晶での測定を行うにあたり,その影響は無視できないが,我々はキュービックアンビルを用いた準静水圧下において、ポアソン比を制御することに成功した。
 この方法を応用した異方的圧力効果により、高温超伝導体のモデル物質のひとつLa2-xSrxCuO4のc軸長を制御することに成功し、超伝導転移温度Tcの増強を確認した。(下図参照)
 図3は面内の電気抵抗率の温度依存性を,キュービックアンビル型圧力発生装置により8GPaまでの準静水圧下で測定したものである。Plate型の試料では圧力媒体固化 (~0.5GPa)でc軸長が延びることが確かめられた。
 c軸長の変化に対応し、常圧下でのTc~37Kは、Stick型では8GPaで3Kまで減少し、Plate型ではTc が増強、8GPaにおいて52Kまで増加することを確認した。
 図4はc軸長と超伝導の転移温度の関係を示したものである。
R_R0-P.JPG図3.形状が異なることで、伝導率の圧力依存性が異なるTc_T0-c-axies.JPG図4.c軸の伸長に伴いTcが増強される



その他の特徴

 測定のみならず、新規超伝導体の物質開発や銅酸化物系超伝導体の単結晶育成から試料の評価も精力的に行っている。
また本実験はCambridge大学や京都大学のグループと共同研究しており、グローバルな体制の下で研究を推進めている。